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2013年9月18日

ヨミドクターに大阪訴訟の敗訴に対する
記事が掲載されました。母親に厳しい司法判断に怒りを禁じ得ません - ヨミドクター

 判決内容に対して、賛否両論ありますが、判決がおかしいとの声が多方面から届いております。特に医療関係者からの声が多いのが、驚くところであります。
本件に関して、ご両親からのコメントは過去の記事をご参照ください。

以下、記事です。

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先週驚くべき判決が出ました。

カンガルーケア「後遺症と関連なし」 大阪地裁

 母子の絆を強める狙いで新生児を母親が胸に抱く「カンガルーケア」(早期母子接触)が原因で長女(2)の脳に重い後遺症が生じたとして、大阪府の両親らが府内の病院を運営する医療法人に約2億7600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は11日、両親側の請求を棄却した。

 黒野功久裁判長(杉浦徳宏裁判長代読)は「後遺症とカンガルーケアに関連性があるとは言えない」と述べた。弁護団によると、カンガルーケアを巡っては、さいたま、福岡両地裁などで少なくとも6件の訴訟が係争中だが、判決が出たのは初めて。両親側は控訴する方針。

 判決によると、母親は2010年12月、府内の病院で長女を出産した直後にカンガルーケアを受けた。両親側は、長女の呼吸が途中で停止し、低酸素脳症を発症したと主張し、「病院側がリスクの説明や経過観察を怠った」と訴えていた。

 判決で黒野裁判長は、長女は授乳時に窒息した可能性があると指摘したうえで、「医療関係者でなくても、授乳時に窒息の危険があることは容易に理解でき、回避もできた。病院に防止すべき法的義務があるとまでは言えない」と述べた。

(2013年9月12日09時15分 読売新聞)

 「カンガルーケア」こと早期母子接触(STS)については過去にも「カンガルーケア、誤解しないで」という記事を書きました。カンガルーケアは時々このような事故が報道されるので危険なものと誤解されがちですが、そもそも出生直後の新生児は非常に不安定な存在であり、ケアを行っても行わなくてもある確率で急変が起こりえるので、ケアの有無に関わらず綿密に観察しないといけない、という内容の記事です。

 裁判を傍聴した記者にきいたところ、今回判決が出た事例は出生後に分娩ぶんべん室でSTSを行っていました。赤ちゃんに酸素飽和度を測るモニターなどは付けられておらず、30分に1度観察するという院内マニュアルに基づき、急変に気づくまでの25分間は出産直後の母親と夫と赤ちゃんの3人で過ごしていました。産後約2時間が経過したところで赤ちゃんが呼吸停止し、蒼白そうはくになっているのが発見されたようで、その後蘇生されましたが、脳に重い後遺症を残したとのことです。

 判決によれば、STSにより急変例や心肺停止例は増えておらず、日本未熟児新生児学会が作成中のガイドライン案によればSTSを実施する際に安全面に配慮するよう注意する一方、守らねばならない規則ではないことが指摘されています。また、赤ちゃんに母親の乳首を吸わせていたことについて、授乳は母親と赤ちゃんの「生理的」な行為であり、医療者が指導・監督を行わなければできないような行為ではない。授乳中に赤ちゃんの鼻を塞ぐ可能性があるということが理解できないような特別な事情がない限り、医療サイドの関与がなくとも窒息は容易に回避できるとも判決で述べられ、授乳中の赤ちゃんの窒息は母親の責任であるとの旨でした。

出産直後の母親の状態をわかっているか

 私の理解ではSTSと母親の乳首を吸わせることはセットと言ってよく、STSと授乳を切り離して考えることはできないと思います。また、出産直後(特に2時間)は弛緩しかん出血など母体にも何が起こるか分からず、母体そのものが医療サイドに厳重に管理されるべき存在です。赤ちゃんに乳首を吸わせていようがいまいが、出生直後で疲れきって寝たきりの母親に、赤ちゃんの顔色や鼻腔びくうを常に観察することを期待し、責任を負わせる判決には驚きと怒りを禁じ得ません。

 この事例においてSTSが赤ちゃんの急変の原因になったかどうかは分からないし、推奨されているとは言えSTSの間に実際に酸素飽和度モニターを付けている施設も現実には少数派ですし、その後の後遺症との因果関係も報道からではなんとも言えません。なので、医療サイドに過失があったと言いたいのではありません。ただ、出生直後の母親にそこまで責任を負わせる判決を下した大阪地裁に対して、「出産直後の母親の状態をもっと勉強してから判決を下せよ!」と怒りがわき起こるのであります。むしろ、「出産でどれだけ疲れていても、横たわっていてどれだけ赤ちゃんの顔が見えづらくても、母親がちゃんと観察しつづけるべきだろう」と思う医療スタッフの方がめずらしいのではないかと思います。

 この判決の報道を聞いた医療者で、「STSなんてどれだけ効果があるかわからないのに、人手もかかるし、リスクもあるし、やめてしまえばいい」という意見を述べている人がいました。しかし、繰り返しになりますがSTSで赤ちゃんの急変率が変わる訳ではなく、出生直後に循環動態が大きく変化した赤ちゃんはSTSの有無にかかわらず急変を頭に入れて管理しなくてはならない対象です。母親も然しかり。STSするしないにかかわらず、出産後の母子にちゃんと目を行き届かせられることが必要だと思います。

 司法判断は良くも悪くも医療現場に影響をもたらします。この判決で出産直後の母子は30分に1度見に行けば良い、赤ちゃんの観察は母親に任せれば良い、などということになれば安全面が後退するだけでなく、産後ケア推進の観点からも逆行するのではないでしょうか。報道では原告が控訴するということですが、高裁の司法判断を注視したいと思います。

宋美玄のママライフ実況中継 – ヨミドクター